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2000 May

2000年5月5日 PCのこと、205のこと
まったく退屈なゴールデンウィーク。と思ってたらパソコンが絶不調。あえなくシステムクラッシュ。原因は不明なのだが、この機会にW2Kに完全移行することにする。まる1日かけてHDのフォーマットからアプリの再インストールを敢 行。ここで私のPC環境を書いておこう。

CPU:Athlon700MHz  M/B:MSI6167 256MB PC133 SDRAM
HDD:Seagate BarracudaULTRAATA66 10.2GB
   QuantumViking2(ULTRA2 WideSCSI) 4.5GB×2
Video:Matrox G400MAX SH
Monitor:SONY G200
Printer:Canon BJF850
Scan:Canon FS2710

という環境なのだが、わかる人が見れば私の素性を垣間見れるな。もともとオーバークロッカーな私なのだが、最近は安定志向。
以前はK6-3の450MHzを FSB115*4.5575MHzまでクロックアップしてたものである。このクロックになると当然空冷では追いつかず、ペルチェと水冷という大技を使うことになる。ペルチェの発熱を冷蔵庫の製氷ユニットをつかって氷点下28度まで下げた水を循環させることで押さえ込み、結果的にCPUの温度を下げるのだ。ことばでは簡単な表現なのだが、PC周りはすごいことになる。PCの背面から2本のホースが延び、その先には小型冷蔵庫。PCの上にはCPUの温度計と水温計、ペルチェ用の外部電源。PC内部も氷点下の水(といっても自動車のラジエター用の不凍液)が循環するのでCPU周りを粘土と断熱シートで覆い外気を遮断し結露対策をする。循環用のホースも断熱シートで覆う。と、今思えばよくぞここまでって感じである。ホースの取り付けが甘く水漏れ事故でRiva TNTをお釈迦にしたりヒヤヒヤの連続だった。好奇心を満足させるにオーバークロックは面白かったのだが、連続稼動(2時間以上)に耐えられないPCだったのでホームページの立ち上げに合わせてノーマルに戻し、CPUとマザーボードを一新。上記の構成で安定マシンに仕立てた。ということで、実はPCオタクな私なのであるが、クルマもこのようにイジリ倒したくなるのが性分なのだ。

で、クルマだが、最初に買ったのが中古のコロナ2000GTってやつ。20歳のころだな。色気づいた私のデートクルマだった。が、レースをやってる加島というひとつ年上の人と仲良くなり、ヒールアンドトゥとかドリフトなど日夜練習にはげんだものである。しかしいかんせん重くてバランスの悪いくるま。そこでAE86レビンを購入。が不幸にも免許取り消しとなり弟に譲る。1年間の謹慎を終えAW11MR2を購入。こいつで目覚めたといっても過言ではない。奥矢作をはじめ二の瀬、鞍掛、石縛峠など毎晩のように加島君と走っていた。
この加島君が助手席でブレーキのタイミング、ラインなど的確に指示してくれたおかげで腕をあげることができたわけ。 その頃社会人になったこともあるが、峠ブームが訪れとても以前のようには走れなくなったこともあり、AW11を手放しゴルフなんていう恐ろしくベーシックなクルマに乗り換え眠りについたのだった。それから約1年後の88年3月、取引先の某ポルシェ専門店の店頭で当時珍しいPEUGEOT205を発見。並行モノの1.9GTIである。さっさとゴルフを捨て購入、再び目覚めたのである。

この205、FFのクセが如実に表れるクルマらしいクルマというのが第一印象。
その軽量ボディ(たしか890Kgだったかな)に本国仕様のパワフルなエンジン(といっても130ps程度のSOHC)でとにかくキビキビ走る。純正でサンルーフが付いているのでボディー剛性が低いのがタマニキズだが、ボディサイズといいデザインといい完璧といっていい車だと未だに思ってるもんね。 その頃は今のようにパーツらしいパーツなど出てなくてGABからショックが出てたくらいで、早速付けたんだけどただ付けるだけじゃ面白くないので、車高調に改造してもらったところが私らしいところ。
固めた足に合わせてタイヤも195/50/15の国産スポーツタイヤに。あとストラットタワーバーとFサスのアッパーマウントをピロボールのものにしキャンバー調整を可能にしていた。このアッパーマウントは当然205用のものではなくひょんなことからAE92レビンのものが流用できることを発見、装着したもの。新車購入半年でここまでイジリ、加島君の86レビンといっしょに峠に繰り出したのである。

まだまだ峠ブームが続いておりヘルメットにグローブなんて気合の入った輩もいるほど。ただマナーは良かったな。そんな連中の走りを眺めてるとだいたい一人くらいはちゃんと走れるヤツがいるもので、そういうのを見つけると一緒に走ったりするのである。
当時PEUGEOTが珍しいクルマなのにしかも205が峠に。ってことでいろんな走りやクンたちに追いかけられるのだが、私を追い詰めたヤツはいなかった。 足を固めてるとはいえ、それくらい205ってよく出来たクルマなのだ。特に下りの速さはハンパじゃない。レーサー加島の腕をもってしても私を詰めることが出来なかったくらいだもの。FF=アンダーステアなのだが、アクセルオフで明確なタックインが現れるが、そのコントロールを覚えると自由自在にクルマの向きを変えることが出来る。コーナー目前で軽くブレーキング&シフトダウン。フロントに過重が移動する瞬間にステアリングを切る。間髪いれずにテールがスライドセナ足でスライドをコントロール。理想の姿勢になったところでアクセルオン。そんな感じかな。足に手を加えなくてもノーマルでそんな感じで走れるクルマだな。というように205は腕があがればあがるほどオモシロクなるクルマなのだ。 106、306と新車種も投入されたんだけど205以外は私にとってノーサンキューだった。だってWRC出てたのは205だもん。306は大きすぎるし106はその頃S16なんてなかったんじゃないかな。プジョーワークスの血統書が付いてるのは205だけ、ということで205以外には目移りしなかった。そんなに愛していた205もある事情で手放したんだけど、仕事にスキーに峠にとなんでもこなす素敵な相棒だった。

で、206になるんだけどこいつを選んだ理由はやはり「プジョーワークスの血統書」だな。205でのWRC活動終了以来WRCから遠ざかっていた眠れる獅子プジョーが206WRCとともに目を覚ましたのである。当然私も目覚める訳で、205とのあまりの違いに最初は戸惑うことに。だって全然スライドしないんだもん。かなり強引な動作をしても姿勢がみだれない。それでいて速い。安心でなおかつ速いのだ。足回りの構成は基本的に205と同じなのだがボディー剛性の飛躍的な向上とエンジンパワー、ギヤレシオが高度にバランスがとれてるんだろうな。最初はつまらんクルマって思ったけど「奥が深い」いいクルマである。
 
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