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2002 August

2002年8月1日 のんびりと
現在、超大型プロジェクトの中核として仕事をしている。最初は3人で始めたプロジェクトであるが、現在では6人に増えた。人数が増えると意見がくい違ってくることが多々起きるようになるのは必至で、今日も立場でいうと私の上のもの(代表者)と私と同格そしてその下のものからいろいろな意見をきかされてヘトヘトに疲れてしまった。目指すものは一緒のはずなのに、それを成就するためのプロセスに対する意見が違うのである。これをとりまとめるのは至難の業なのであるが、それが私の仕事になってしまっているから疲れるのだ。

これを書いている時間だが、現在8月1日午前2時25分。さきほど帰ってきてシャワーも浴びずに書いているのだ。のんびりしたい!と思うのだが連日この調子である。皆の意見を取りまとめるべく先程まで事務所で頭を使い何ら解決策を見いだせていないので、眠れそうもないってのがこの瞬間の私である。

問題解決の手法としては
1.目的をはっきりさせる
2.その目的に添っている意見とそうでない意見を区別する
3.そうでない意見の持ち主に目的を明確に意識させる

という簡単なものであるはずなのだが、人間には感情というやっかいなもの存在する。これがいちばんのネックなのだ。
疲れているので気ままに書いてしまったが、ほんと疲れるのだ。



2002年8月2日 月末月初
恐怖の月末を乗りきれず、どぉーしようかと悩んだのだけれど今日何とか乗りきった。月をまたいでしまったが、ま、よしとしよう。諸事つつがなくこなした今日ははいつもより早く帰りTVをみながらのんびりと水割りなど飲んでいたりするが、つくずくハードな月末月初である。こんな時に我が国の首相「小泉」がバカなことをインタビューで答えたりしているから腹が立つのだ。自分で「小泉内閣」って言うなよ!こういう表現をすることで本来持っているはずの厳しい国民の意識をはぐらかそうっていう魂胆くらいお見通しなんだったって。善悪はともかくとして田中角栄が最後のリーダーだって思う私からすれば「小泉」なんて小物も小物。こんなのがリーダーかと思うと我が国の将来に絶望せざるを得ないな。キャッチフレーズだけで何が改革なんだ!何も変わっていないって。でも、そんなことほざいたところで明日もまた今日と変わらぬ1日なんだろうけどね。

「他にないから」自民党なんだろうね。所詮こんなもんなのかな、日本人って。冒険しないもんね。かつて一瞬だけ野党が政権を取った時期があったけれど、思いも寄らず政権が取れてしまった野党は、浮かれるばかりでなんにも変わらなかったよね。
他力本願ってのが日本人気質である以上、政府がそれを利用するのは当たり前で、そろそろ「おかしいぜ」ってみんなで言い出さないと大変なことになるんじゃないだろうか?政府に何かを変えてもらおうなんて甘いのだ。みんなが無口なことをイイことにやりたい放題だぜ。住基ネットも間もなく施行されるし、ほんとにこんなことでいいのだろうか?

いったい誰がこの国をコントロールしているのだろう。。。



2002年8月11日  暑い!
ということで、きょうは尚吾と昼前から名古屋市南区(?)の日光川サンビーチというプールに出向いた。先週、どうしてもプールに行きたいと尚吾が言ったので、去年行ったことのあるサンビーチにした。お盆休みに突入しているせいか、めちゃくちゃ混んでいる。なんとかプールサイドの場所を確保する。隣はお子様連れの美人が二人。ラッキーである。友達どうしで子供を連れて遊びに来たとのこと。ご主人はともに仕事だそうだ。ちゃぁんと会話をしてリサーチしたのだ。去年日焼けでエライことになった尚吾なので、今年は日焼け止めをたっぷりと塗る。サンオイルを忘れた私、隣の美人にずうずうしく借りた際に先程のリサーチなのだ。「背中、塗りましょうか?」との嬉しい気配りにドキっとしたが、さすがに辞退した。

プールでさんざん遊んで戻ってみると、となりの美人たちがお弁当を食べている。ひとりが、「ビール飲もうっかなぁ」ってつぶやく。もう一人が、「飲もう!」。私はこの会話を聞き逃さなかった。私の出番である。すかさず大きな声で「ご馳走しましょう!」。と同時に現金を握りしめて1杯500円のビールを買いに走る。ものすごく感謝された私はアメリカンドックを頂いてしまった。あまりの暑さであっというまにビールを飲み干した私。すると片一方の美人がすくっと立ち上がり、2才くらいのお子さんを抱き上げすたすたと大股で売店の方へ歩き出す。ほどなくして戻り手に持ったビールを私に。「どうぞ!」。ちょっと前かがみになり、私にビールを手渡す。不覚にもその胸元に目が奪われた私は、己の修練のなさを深く反省するはめに。

その後も驚くほどビールを飲んだ私たちであるが、彼女達は子供を私に任せスヤスヤと寝てしまったのである。暑さで頭がクラクラしたが、楽しませていただいたお礼である。きっちりと子守をこなし目覚めた彼女達に感謝されながら、帰途についたのであった。なんともすばらしい暑い夏の日であった。



2002年8月21日 愛知県刈谷市 10ヶ月の乳児に酒を飲まして殺しただとぉ!
育児ノイローゼだかなんだか知らないがトンデモナイことが起きたものである。警察の取り調べに対して「子供と酒盛りをしていた」だと?てめぇが死ねばいいんだよって言いたい。
何でこんな事が起きるのだろう。ノイローゼといえば病気ということで、大切な何かがフィルターに隠されてしまうので、これを論点としてはイケナイ。問題は家族である。旦那は何をしていたのか?おかしな嫁に気づいていなかったのか?いや気づいていたはずである。でも阻止できなかった。それは危機管理能力の問題といえる。不況とは言え絶対的に安全な日本である。ボケているのだ。我が身にとんでもないことが起きるなどとは露ほどにも感じていない点が問題なのだ。どうしてこんなに我々日本人はバカになったのだろう。

こういう事件って阪神地区には少ないということに皆さんはお気付きであろうか?阪神地区は阪神大震災以降に人種が変わってしまった、つまり命に対する危機管理能力が格段に上がっているのである。もう一度この日本もアメリカに攻撃されれば、あるいは、隣国に攻め込まれれば最低限の危機管理意識が芽生えるのではないだろうか?阪神大震災の時のような修羅場が全国に展開されれば、さすがに目が覚めるというものである。
それにしてもあまりに悲惨な事件である。私はビジネスにおいて様々な修羅場を経験している。しかも山ほど経験しているのだ。危機管理能力は今のアメリカ以上だ。尚吾にイタズラでビールを飲ませることはあるかも知れぬが、「守る」ということを忘れたりはしない。

先日新聞をにぎわした「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書採用をウダウダ議論するよりも、こういった事案を論議すべきではないだろうか?
私たちの安全、家族の安全、教科書には書いていないけれど今真剣に考えないととんでもない社会になっちゃうのかもしれない。。。



2002年8月26日 サイボーグ
パンパシフィック水泳in横浜を見ながら思った。F1のサイボーグがシューマッハなら、水泳はイアンソープってことを。彼らがどんな記録で勝とうが、そこに感動を覚えることはない。萩原 智子の金メダルには感動したのだが、なぜかイアンソープの三冠には心が動かない。なぜだろう。考えてみるとシューマッハにしろソープにしろ背中に背負っているものが見えないからなのだろう。萩智には並々ならぬものを背負っているものを感じた、だから彼女の金メダルには感動した。ソープやシューマッハは彼らを取り巻くスタッフたちの計算に基づいた綿密なプログラムの上に成り立つ勝利しか見えないのだ。即ち己ひとりの力で勝負していない(と思えてしまう)から感動しないのだ。
ソープでいえば生物学的あるいは運動生理学に基づいた練習プログラムがあり、シューマッハはピットのコンピュータの優れた計算能力で優勝するということではないだろうか?。はっきり言えば、彼らはこれら他人の力への理解力が格段に優れているだけなのだ。それが才能と言えばそうなのだが。。。
勝負とは限りなくヒューマンなものであり、計算しきれない現象の結果であるはずである。だからこそ見ている我々は感動という大切なモノを手にすることが出来るのではないだろうか?

そう思っているのは私だけかも知れないが、スポーツ番組を見るに付けますますこんなこことを思うのである。

己の魂即ち命を削って勝利を目指すアスリートって最近いないよね。と思ったらボクシングの徳山がいた!今日の彼の勝利が素晴らしかった。
萩智と徳山に感動した1日であった。
 
富士カメラ5


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