名車プジョー205はWRCでの活躍もあり世界的にヒットした名車としてラテン車ファンにいまだ根強い人気があります。その名車プジョー205の血統というべき後継車がプジョー206です。1998年にデビューし1999年にはWRCにも参戦。2000年ははやくもチャンピオンになるという205がたどった軌跡を走り始めたのです。そんなプジョー206と私の関わりをニコン製フィルムカメラのF2・F3・F4S、およびデジタル一眼レフカメラD200で撮影した写真で紹介したのがこのサイトです。賛否はありますがサーキットや峠を走り回る私の記録です。もちろん家族の写真や旅の写真などプロカメラマンとして恥ずかしくないまじめなものも多く掲載しています。
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2002年9月4日 長野県知事戦 まんまと田中元知事に「してやられた」ってのが今回の知事戦だな。ファシズムだ独裁だと声高に叫ぶ県議たちが感情論にはまっていくなか、冷静に知事選に持ち込み、そして再選。あくまでも田中の目論みどおりである。不信任を叫んだ県議たちは、長野県民が旧態依然とした県政にうんざりしていたってことに気づかなかったのかねぇ。 巨額の金が動く、即ち利権のかたまりの「ダム建設」を捨てることが出来ない「欲」に県議たちは支配されていたのだろう。対して田中にはそんな「欲」などないのだ。文筆業での印税でたんまりと貯金があるのだ。さぞかし県議達は「うっとぉしい奴」って思ったのだろう。だって、テメェ達のサイフにかかわることかもしれないのだもの。県議全員がそうだとは言い切れないが、うさんくさい県議だっているものなのだ、政治の世界ってのは。 私の父も地方政治であるが、政治家であった。小さな町村であったが、その街にラブホテルが建設されることになったことがある。多くの議員が住民感情を煽り、反対に回ったが、法律に照らし合わせて「問題なし」との判断をしていた父は、唯一「建設差し止めは不可」と議会で発言をした。議会は紛糾したが、しばらくすると私の実家、即ち父のもとに建設業者の社長が訪れ、「お世話になります。今回はお骨折りいただきありがとうございました。ほんのお礼です。」といって菓子箱を差し出した。父はその場で箱を開け(中には現金!およそ1000万円)、すかさず「甘いモノは口に合わないので」と言って返したのである(もらっときゃぁイイのに!)。その後、その現金は反対派議員へばらまかれたということである。 ラブホテル建設ですら、こんな事が起きるのだ。数百億円が動くダム建設なら言わずもがなである。 東京からやってきた、「妙な男」に今まで利権のしくみを必死になって守ってきた長野県議は「やられた!」って感じなんだろうね。でもそんな「妙な男」に頼らなければイケナイほど長野県民は現県議に不信任を突きつけたのだろう。 こうゆう住民主体の政治ってのが、どんどん出てくると日本も多少は変わるのだろう。そういう意味で、耳障りな田中のしゃべり方も日本の政治に一石を投じたと言える価値があるな。