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5月26日 日本破産
ブッシュの牧場に招待された小泉がアホ面をテレビにさらしているが、わが国が3度目の大危機に直面していることに皆さんはお気づきだろうか?それも、国家が破産するという危機である。最近の例で言えばトルコがそうであるが、国家が破綻し、すさまじいインフレに襲われている。小泉の笑顔に騙されてはいけない。日本も早晩トルコのようにハイパーインフレが間違いなく襲うであろう。

なぜそんなことになるのか?それは最近よく耳にするネオコンサバティブがそうしようとしているからだ。ネオコンサバティブ即ち「ユダヤ守銭奴」が考える世界制覇。ドルによる世界経済の制覇の荒波に日本経済は翻弄されるということなのだ。

国連でさえ止めるることの出来なかったアメリカによるイラク侵攻もネオコンの思惑が働いた。どうしてアメリカはイラクを攻め落としたのか?それは、世界第二位の産油量を誇るイラクの石油決済代金がユーロだったためなのだ。シラクがあれほどアメリカの独走に異議を唱えたのも、ユーロを守るためだったのだ。ネオコンの連中は、イラクの石油取引の決済にドルが使われていないことが気に食わなかった。だって1$たりとも為替利益が発生しないからだ。したたかなユダヤ資本即ちドルは、このように他国の通貨を絶対に認めない。

日本においても、かつてバブル経済到来以前にネオコンたちは何をしたか?為替をイジり、円高基調を誘導(1985年のプラザ合意だったかな?)日本経済が魅力だ!と世界中に日本をアピールし、不動産・株の驚異的な暴騰を誘発させたのだ。 当事ユダヤ資本がどのくらいの利益をわが国日本で手に入れたのか分からないが、目標とした利益以上のキャッシュを手に入れたのは想像に難くない。 そして、その利益を手にさっさと引き上げた。

日本がバブル景気に突入した頃、アメリカ経済は瀕死の状態だった。つまり、やりたい放題のアメリカを作ったのは、アメリカ自身であり、その片棒を担がされたのはほかならぬ日本だったのである。今回のイラク戦争で、日本国政府はイラクの戦後復興資金として1億ドルをアメリカに約束させられた。現在の為替レートでいうと160億円。しかしネオコンに円安に持ち込まれ、例えば1$=180円という円安に誘導されると一気に20億円をその負担が増えるのである。こういうことにわが国というか、私たちはあまりにも無防備であるといわざるを得ない。つまり、日本経済はそれほど脆弱であるということだ。

バブル当事の日本国首相だけでなく現在のアホ小泉にも、ユダヤに負けるなというのは、酷というものであろう。先にこの国は3度目の危機にひんしていると書いた。1度目は徳川幕府崩壊。2度目は第2次大戦の敗戦である。どちらも日本国経済は破綻している。そして、3度目。ネオコンが日本経済を破綻させる。日本の通貨である円を徹底的に下げる。円を売り切る過程でヘッジファンドが莫大な利益を得る。下げきったところで、強いドルが日本円を二束三文で買いあさる。そうしてユダヤ=ドルが日本を制圧する。イラク戦争を基にユーロを押さえ込んだように、円もドルに制圧されるのだ。

小泉がどんなにブッシュにゴマをすったところでシナリオはできているのだ。日本破産というシナリオがだ。日本を破産させることで利益を得ようとしているネオコンがそうさせているのだ。 UFJ銀行にどんなにたんまりと貯金があったって無意味なのだ。あっという間に目減りするんだから。ハイパーインフレで。

円がアテにならない。国もそうだ。じゃぁ、日本以外に頼るしかない。預金で言えばドル?ユーロ?現物なら「金」かな。ということで、私なら持っている円を1/4ずつドル・ユーロ・金・円に分散して保全するな。円を残したのは、日本ではやっぱり「円」だからである。ただし最低限の量だけどね。
 
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