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2004 Oct


2004年10月23日 友情

ジラールペルゴ 5月のDiaryに時計について書いたが、その中に書いた友人から貰ったジラールペルゴ・リシュベル・トノー・クロノグラフ(手巻き)が左の写真である。1993年バーゼルフェアで発表され、当事では珍しかったトノー型(たる型)ケースが世界中の時計マニアたちの目を釘付けにしたモデルである。トノー型といえば今ではフランクミューラーが有名であるが、そのブームを作ったのは、実はジラールペルゴなのだ。発売当初は手巻きだったが、1994年後半に自動巻きに変更されたため、手巻きモデルは少量しか日本に入っていないレアなモデルである。そんなレアなモデル、しかも友人から貰った超貴重な時計を、私はこともあろうに借金の担保に入れていたのである!

2003年1月、借金でどうにもならなくなったとき私はその友人に電話をした。彼とは何年か一緒に会社をやっていたのだが、2000年春に私が一方的に彼のもとを飛び出した経緯があり、どの面して電話などできようか?と思っていたのだが、意を決して電話したのだ。

「もしもし・・・・」「よう、久しぶりだな。調子はどう?」「最悪・・・」「お茶するか?」「うん・・・」「ひとつ聴くけど、仕事の人間関係を壊してくれたけど、友情も捨てたのか?」「いや、そのつもりは無い。身勝手だけど・・・」「わかった。ジャ30分後な。」という短い会話の後、私たちは再会した。近況報告の後、具体的なビジネスのプランを立て見事に復活をして現在に至るのだが、その時、彼は私の左腕を見て、「時計、どーした?」と聴くではないか!「も、申し訳ない・・・」「どーしようもなかったってのはわかるが、人のココロを売り飛ばすとはなぁ・・・」確かに彼の言うとおりである。以来、私は何とか取り戻そうと密かに貯金を開始したのである。ことあるごとにジョークであるが、「俺の友情の証を」といじめられてきたが、2004年10月13日(ちなみに亡き父の誕生日)私は友情の証を取り戻したのである。実はこの時計、知人に担保として預けてあったのだが、なにせ4年も経っている。ダメもとで連絡してみると「あるよ。取りに来る?」と耳を疑う返事。私は速攻で取りに行ってきたわけである。

久しぶりに再会したコイツを眺めながら友人に電話をした。忙しい彼なので、なかなか会えないのだが、「報告がある」というと、「ゆっくり晩飯食べようか、ひさしぶりに」ということで、国際ホテル地下1階の銀座という店で食事となった。寿司やてんぷらを食べながら、仕事の話をしていると、「ところで、報告ってなんだ?」と聴く彼の目の前に私は左腕を差し出し、「あなたのココロがここにあるぜ」と言ったのだ。しばし絶句した彼が子供のような笑顔で「おぉ、取り戻したか・・・うれしいなぁ。やっぱこの時計はお前がはめてなきゃなぁ。」といたく感動してくれ、彼と私のココロのササクレを取り除くことに成功したのである。食事の後、超上機嫌の彼と錦で明け方まで飲むことに。別れ際「ありがとな」と言ってくれた友人に「ずっと友人でいてくれよ」と言い、お互い軽く手を上げて私たちは別れた。

この時計には、上記のような、せつなく・熱く・渋いドラマがある。私にとってかけがえのない宝物であることは言うまでも無い。今度は私が彼に時計をプレゼントする番である。友情の証として。

 
富士カメラ5


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